どうも、こんにちは。
今日は少しマジメな気分で記事を書いています。
ニュースで「幼女連続誘拐殺害事件の宮崎勤死刑囚の死刑が執行されました。」との報道がありました。
犯行から20年もの長い月日を経て、ようやく終止符がうたれたかと思います。
その一方で、死刑廃止の人たちが「鳩山法相が就任してわずか10ヶ月で死刑執行したのは13人にものぼる」ことを挙げ、批判していました。
死刑になる人は、主に凶悪な殺人犯だと思いますが・・・、これってどうなんでしょうかね?
大切な家族を殺された人の立場になって考えると、「仕返しをして欲しい。」「無念を晴らしてほしい。」という心は、ごく自然なものなんではないでしょーか?
死刑廃止の人たちにおたずねしたいのですが、大切な家族が凶悪な人物に無残に殺されてしまっても・・・、死刑廃止を唱えていられるのでしょうか?
昔、日本では「あだ討ち」がありましたが、今は禁止されています。国が被害者に代って犯人を「あだ討ち」する制度が「死刑」なのではないでしょうか?
自分の身勝手な理由で人の命を奪っていいはずがありません。











こんにちは。色々考えさせられる文章だったので、ついコメントを・・・。
死刑制度自体を私は肯定したくないです。
死をもって償ったとしても
そこに残るのは虚しさだけです。
殺人を犯した人を法的に殺すのも殺人と似た行為だと思います。
死刑制度には様々な意味があると思います。
更生の見込みがないから、とか
見せしめ、だとか・・・・。
だけど、大罪を犯したから死んでもらいましょう。
では何か肯定できない部分が多すぎです。
否定もできませんが肯定もできません・・・。
そうせざるをえないことが
起こらないことがいちばんいいんですけどね。
39さん、コメントありがとうございます。
貴重なご意見ありがとうございました。
確かに「死刑」という刑は、人の命を奪ってしまう極刑ですから、「あなたは人を殺したんだから、死んでください。」と軽々しく口にできませんよね。
「心から悔いてもらえれば命まで奪う必要は無い」という被害者家族の意見もありました。
人の命が軽んじられている昨今、改めてみんなで見つめていきたい問題です・・・。